京都の泥七宝(象嵌七宝)
和銅寛と泥七宝の歴史
京都では鋳金銅器に七宝釉薬を施したものを昔から泥七宝と呼んでいます(近年では象嵌七宝という呼び名もあります)。 泥七宝の特徴は、大型のものが作れる、銅器を七宝で必要な所だけ彩色する事が出来る、内面に釉薬を掛けなくてもよい、素地が丈夫であるなど多くの利点があります。 主に明治時代から輸出向き工芸品として大量に製造し、昭和60年頃まで作り続けていました。
京都では仏具を始め火鉢等の生活必需品をつくる銅器鋳物職人が多く活躍していました。これらの職人達には蝋形鋳造技術があり、鋳金素地を作る事に特別な技術は必要ありませんでした。銅器の鋳金素地が出来れば七宝の専門職人に回していたので、七宝彩色の事は考える必要もなく鋳金に専念出来ました。当時は分業体制が出来ていて、鋳物と七宝の中心にいたのは銅器の問屋達でした。 図案は染織の絵師が彩色図案を描いてました。製造工程すべてが熟練を要する手作業であり、各工程の分業体制が整っていた京都以外で泥七宝が製造される事はありませんでした。
戦後、京都の泥七宝製造は再開されましたが七宝彩色専門工房がなくなってしまいました。和銅寛では七宝釉薬製造と彩色、デザインから完成までの全工程を行っています。
泥七宝製造工程図
① 有線鋳金素地製作工程 マネ式蝋形鋳造法による有線鋳金素地の製作
1)中子作り――2)蝋地紋貼り付け――3)外型塗り込み――4)乾燥――5)焼成――6)鋳込み――7)割出し仕上げ
② 泥七宝工程
8)施釉――9)焼成――10)研磨――11)銅器素地色上げ
番号 | 工程名 | 具体的 作業内容 |
1 | 中子作り | 形態の芯となり変形防止効果及び製品を内部中空にする事が出来る。荒土から順に細かい土に塗り重ねて作る |
2 | 蝋地紋貼り付け | さまざまな凹凸文様をつけた可塑性のある蝋板で中子を包むように貼り付け蝋形を完成させる、蝋の部分は焼成で空間となる。 |
3 | 外型塗り込み | 内部鋳型の中子に蝋を貼り付けた表面をマネと呼ぶ泥で塗り重ねて覆う、中型、蝋形、外型が一体となり鋳型が完成する。 |
4 | 乾燥 | 鋳型は水分を多く含んでいるので約一週間自然乾燥する、 |
5 | 焼成 | 炉に鋳型を入れ空間に木炭を詰め約750度で約4時間焼成、蝋を流し出し鋳込みに必要な隙間を確保する |
6 | 鋳込み | 赤熱状態の鋳型を炉から取り出し、溶解炉で溶かした約1150℃の銅合金を蝋の流れ出た隙間に流し込む。 |
7 | 割出し仕上げ | 鋳型は一体型となっているので打ち壊して内部の金属素地を取り出しバリ取りや整形仕上げをし、七宝素地とする |
8 | 施釉 | 既に鋳金により出来た有線素地に釉薬を細い竹ベラで挿し有線溝に七宝釉薬を充填し彩色する。 |
9 | 焼成 | 彩色された素地を約750度で一次焼成、彩色と二次焼成、更に彩色焼成を繰り返し均一で平滑な表面に焼き上げる |
10 | 研磨 | 焼成後の七宝製品を天然砥石(目透砥石、大村砥、天草砥石、朴炭、名倉砥石、等)で研磨する |
11 | 銅器素地色上げ | 泥七宝では製品全体に七宝釉薬に覆われているわけではないので地紋など金属部分を酸化させて色上げする。 |
武寛の七宝釉薬作り
昭和40年(1965年)頃私は京都市工芸指導所にて七宝釉薬製造方法を習い和銅寛工房内に釉薬専用の熔解設備を作り青銅鋳物に適合した釉薬作りを始める。 京都市工芸指導所、その源流は1878年ドイツから化学者ワグネルを京都に招き京都舎密局で最先端の化学技術の指導に当たり、多くの京都人が学んだ。 工芸指導所にはワグネルの肖像レリーフがありその功績を称えていた。私の父も窯の温度を測るのにゼーゲルコーンの作り方を教わり工房で作っていた。 又、釉薬の原料を買いに行くと店のお爺さんが昔話をよく聞かせてくれた。その人はワグネルから直接科学薬品を作るところから習ったと言っていた。 モ~モ~と有毒ガスが充満している中で作業をしていた、とか、酸化ウランを発色剤として釉薬に混ぜたらオレンジ系の面白い色が出るのでぜひやってみたら良いと勧めて頂いた。釉薬作りは楽しいもので発色剤の酸化物を加えると見事にガラス質の発色した釉薬がとろとろに炊けるのである。その釉薬をすくっては水の中に投入し急冷し粉々にする。釉薬を炊く日は早朝から夜遅くまで10時間以上連続で炊く、すると10キロくらい七宝釉薬が出来る。 各色を薄い色から炊き始め最後は濃い色を炊くようにしていた。 炊く壺は一度温度が下がると割れてしまうので連続長時間の作業となる。又、炉の燃料は重油を使ったバーナーで1200℃を超えるくらいまで温度を上げる。 炉は縦型で金属溶解の炉と同じ様な構造でやっていた。 1955年頃 祖母に聞いた、どうして泥七宝と言うのか、と。祖母はなんか知らんけど昔から泥七宝と言うてる、との事であった。又、ひょっとしたら赤い絵の具なんかは透明白釉薬と弁柄を乳鉢で混ぜ合わせて擦っていたらドロドロになるからやろか?なんて言ってたのを思い出した。
七宝焼成窯
素焼きの筒状の鞘を用意しその周りにレンガを握りこぶし一個分くらい空けて外周に積んでいく。素焼きの蓋も用意する。 つまり楽焼と同じ焼き方である。燃料は炭でもコークスでも良い。一番下地面とレンガの間に空気穴を確保する。レンガを横に間を開けて並べその上にレンガで積み上げる。空気は自然通風が基本であるが、上手く火が付きにくい時とか温度の上り具合で送風機や団扇であおぐ。内部が真っ赤になればいよいよ作品を窯に入れる。時々蓋をずらして内部を観察し作品の釉薬が溶ければ取り出す。